東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)66号 判決 1983年3月16日
カナダ国
ケベツク州 ノース ハツトレイ
(審決上の住所 イギリス国 ロンドン
エス イー 二六、シドナム、ローリーパーク クレセント 六番 エイ)
原告
サード、ザゴール、モハメツド、ガブル
右訴訟代理人弁理士
浅村皓
同
小池恒明
同
松村博
同
岩井秀生
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官 若杉和夫
右指定代理人
中村剛基
同
木村康寛
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。
事実
第一 当事者の求めた裁判
原告は、「特許庁が昭和五五年一〇月二八日に同庁昭和五二年審判第七二二二号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文第一、二項同旨の判決を求めた。
第二 原告主張の請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、一九六八年(昭和四三年)一二月三一日、一九六九年(昭和四四年)一月一五日及び同年二月四日イギリス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四四年一二月三〇日、特許庁に対し、名称を「加入者ステーション」(その後昭和四九年二月八日付手続補正書により「二路通信系用電気音響変換装置」と訂正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和四五年特許願第二〇九七号)をしたところ、昭和五二年一月二七日拒絶査定を受けた。そこで、原告は、同年六月一四日審判請求をし、特許庁は、これを同年審判第七二二二号事件として審理のうえ、昭和五五年一〇月二八日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし、その謄本は同年一一月一二日、原告に送達された。なお、出訴期間として三か月が附加された。
二 本願発明の要旨
ハウジングと、振動膜と電気的入力端子とを有する一つの拡声器と、おのおの振動膜と電気的出力端子とを有する二つのマイクロホンと、前記拡声器の振動膜がその入力端子に加わる電気信号に応答して駆動されるとき、その振動膜から発せられる音波が前記拡声器の振動膜の移動軸に実質的に平行な方向に延在する平面内に配置された前記各マイクロホンの振動膜に直接かつ単一の音響通路を経て伝ぱんされ、かつ前記各マイクロホンの振動膜が前記拡声器の振動膜から等しい距離に位置されるように、前記一つの拡声器と前記二つのマイクロホンを前記ハウジング内に近接して設置する装置とからなり、前記拡声器から発せられた音波が前記各マイクロホンの振動膜に直接にかつ実質的に等しい大きさで到達するようにし、しかも前記拡声器の振動膜から前記各マイクロホンの振動膜に伝ぱんされた音波に応答して得られた電気信号を逆位相に接続してそれらマイクロホンの共通出力が実質的に零になるようにしたマイクロホン出力回路を備えたことを特徴とした二路通信系用電気音響変換装置。(別紙図面(一)参照)
三 審決の理由の要点
本願発明の要旨は、前項記載のところにあるものと認める。
ところで、特公昭三八-二三五一九号公報(以下「第一引用例」という。)には、ハウジングと、振動膜と電気的入力端子とを有する一つの拡声器と、振動膜と電気的出力端子とを有する一つのマイクロホンと、前記拡声器の振動膜がその入力端子に加わる電気信号に応答して駆動されるとき、その駆動膜から発せられる音波が前記拡声器の振動膜の移動軸に実質的に平行な方向に延在する平面内に配置された前記マイクロホンの振動膜に直接かつ単一の音響通路を経て伝ぱんされるように、前記一つの拡声器とマイクロホンを前記ハウジング内に近接して設置する装置が記載されており(別紙図面(二)参照)、本願発明と第一引用例記載のものとを比較すると、両者は拡声器とマイクロホンとの音響的結合を防止するために、拡声器の振動膜の移動軸に実質的に平行な方向に延在する平面内にマイクロホンの振動膜を設置し、拡声器からの音波がマイクロホンの振動膜に直接かつ単一の音響通路を経て伝ぱんされるようにした点で一致し、本願発明においては更に、二つのマイクロホンを用い、これら各マイクロホンの振動膜が拡声器の振動膜の移動軸に平行な方向に延在する平面内で、拡声器の振動膜から等しい距離に位置されるように配置して、拡声器から発せられた音波が各マイクロホンの振動膜に実質的に等しい大きさで到達するようにし、各マイクロホンの振動膜に伝ぱんされた音波に応答して得られた電気信号を逆位相に接続してそれらマイクロホンの共通出力が実質的に零になるようにしたマイクロホン出力回路を備えている点で第一引用例と相違しているものと認められる。
そこで、この相違点について検討すると、実公昭四〇-二三三六三号公報(以下「第二引用例」という。)には、拡声器とマイクロホンとの間の音響的結合に基づく帰還の抑圧を電気的に行なうために、拡声器の近傍に開口部をもつ音響伝達室を介して第二のマイクロホンを設け、該音響伝達室の総合レスポンス特性を、拡声器から第一のマイクロホンまでの経路の総合レスポンス特性と相似となるようにし、かつ、拡声器から第一・第二のマイクロホンヘ者波が到達する音響伝ぱん時間を同等にし、第一・第二のマイクロホンの電気出力をその合成出力が実質的に零となるように逆位相で相加える二路通信系用電気音響変換装置が具体的に記載されているが、該音響伝達室は第一・第二のマイクロホンが拡声器に対して同一の条件の場所に配置される場合には不必要なものであることは当業者にとつて多言を要するまでもなく明らかであるから(このことは、特許第一三八六八五号明細書を参酌すればより一層明白である。)、第二引用例には、二つのマイクロホンを設け、これら各マイクロホンが拡声器の振動膜から等しい距離に配置して、拡声器からの音波に応答して得られた各マイクロホンの電気信号を逆位祖に接続してそれらマイクロホンの共通出力が実質的に零になるようにしたマイクロホン出力回路を備えた二路通信系用電気音響変換装置に関する技術思想が開示されているものと認められ、しかも、第一引用例記載の二路通信系用電気音響変換装置に第二引用例記載の前記技術思想を適用して、本願発明のように構成する上で、格別の困難性が存在するという根拠も見いだすことができない。
したがつて、本願発明は第一・第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第二九条第二項の規定によつて特許を受けることができない。
四 審決を取り消すべき事由
審決は、後記のとおり、第一引用例の装置の構成を誤認した結果、右装置と本願発明の相違点を看過し、更に、審決認定の相違点についてもその推考の難易の判断を誤り、これら誤つた認定判断の上に立つて本願発明は特許を受けることができないと誤つて結論したものであるから、違法であり、取り消されるべきである。
(一) 取消事由第一点(本願発明と第一引用例の装置との相違点の看過)
審決は、第一引用例の装置において、拡声器の振動膜から発せられる音波がマイクロホンの振動膜に「直接かつ単一の音響通路」を経て伝ぱんされる旨認定したが、それは誤りであり、その結果、第一引用例の装置と本願発明の重大な相違点を看過したものである。
そもそも、第一引用例の装置は、拡声電話装置における音響回り込みによつて生ずる鳴音現象を防止するために、拡声装置からマイクロホンヘと帰還する不所望な音声を、電気的にではなく、いわば音響的に打消すことに指向されたものであり、そのような課題設定に由来して、単一の差動型マイクロホンを使用し、その振動膜に対してその両面からそれぞれ相反する方向からの二つの音響通路を経て伝ぱんされた拡声器からの音波を作用させることを必須とするものであつて、本願発明のように、二つのマイクロホンのそれぞれの振動膜に「直接かつ単一の音響通路」を経て伝ぱんされた音波を作用させる必要は、もともとないものである。
すなわち、第一引用例の第6図において、スピーカ(拡声器)及びマイクロホンの前後面がそれぞれ対向する筐体の各壁面に孔を設けた構造からもわかるように、その音響通路としては、スピーカから筐体外に出た音波が、第6図の左右、すなわち、筐体の上方においてその前後から各孔を通じてマイクロホンに到達するという迂回的な二系統の音響通路のみが考慮され、スピーカの背部からマイクロホン設置位置に至る筐体内の空間は、全く利用されていないものである。
被告は、第一引用例の第6図において、スピーカの背部からマイクロホンの設置位置に至る筐体内の空間は空隙に満ちていて何らの介在物も存在しない旨主張するが、これは、第一引用例記載の技術内容を誤認し、当該技術分野の技術常識を没却したものであつて、誤りである。
すなわち、第一引用例の装置は、拡声電話機である以上、その中には、被告指摘の諸部品の他に信号装置(例えばベル)があり、加うるに、それら部品の支持手段、取付構造がなければならず、特にダイヤル、スピーカ、マイクロホン、信号装置及びそれらの支持手段は、増幅器等の電子部品と違つて小型化が困難であり、更に、スピーカ及びマイクロホンについては、良音質低雑音の要請を満たすために、支持手段の材質及び構造に特別の配慮が必要であつて、これらの事項は、音波の伝ぱん経路が問題となる場合には、無視することができないものである。
被告は、また、第一引用例の装置においては直接放射による伝ぱんが主であつて迂回的な二系統の音響通路等は従たるものにすぎない旨主張する。
しかし、第一引用例の発明の技術的課題は鳴音の防止であるから、もしも被告主張のように直接放射による伝ぱんが主であるならば、特許法第三六条第四項及び第五項の要件を満たすために、主たる伝ぱんはスピーカ背面からマイクロホンに至るケース内の経路によるものであり、電子回路及びその余の構成要素が右経路を妨げることがないように配置され、ヶース内の空間は空隙に満ちていて何らの介在物も存在しないことについて、明細書中に明記されているべきである。しかるに、第一引用例の明細書及び図面にはそのようなことをうかがいうる配載もない。したがつて、直接放射による伝ばんが主であるという被告の主張は独断にすぎず、失当である。また、第一引用例には、第2ないし第5図に示す一実施例における鳴音防止作用について、「マイクロホン1の前後面は筐体9にあけられた孔を通つて空間に通じているため、電話機としても8の字指向性を持つことになり、スピーカの音響出力によつてはマイクロホン1の振動板22を駆動する力は極めて少く、嶋音現象の起きない状態での増幅利得を向上できる。」(第一頁右欄第一三ないし第一八行)と説明する一方、第6図に示す他の実施例のそれについては、「第6図はスピーカ4を同じ筐体9内に収容したものでほぼ同じ効果をもたせることができる。」(同欄第二三ないし第二四行)と説明されているのであつて、右説明から明らかなように、両実施例は鳴音防止作用の具現のための基本原理を同じくするものである。また、当然のことかがら、両実施例は、共に、特許請求の範囲記載の構成要件の全てを具備するものと解される。右の点と、拡声電話装置においてスピーカからマイクロホンヘの音響回り込みによつて鳴音が生じるのを防止するという目的とを併せ考えれば、第一引用例の装置において迂回的な二系統の音響通路等は従たるものにすぎない旨の被告の主張もまた失当である。
被告は、さらに、第一引用例第6函におけるスピーカとマイクロホンの配置関係が本願発明の第2図の実施例における拡声器と左側(後方)のマイクロホンの配置関係と全く同一である旨主張するが、前記に照らしてその理由がないことは明らかである。いわんや、本願発明の第2図の実施例においては、被告指摘の構成に加えて、拡声器の右側(前方)にも別のマイクロホンが対向配置されているのであるから、これが第一引用例第6図の構成と同一視しえないものであることは一層明白である。
なお、被告は、本願発明にいう「直接かつ単一の音響通路」の解釈として、「拡声器とマイクロホンとの間に何らの介在物も存在しない音響通路」と解するほかない旨主張するが、「直接的かつ単一の音響通路」の字義ないし技術的意義は、音波の性質なかんずくその伝ぱん特性を踏まえて考察すれば、特に補足的な説明を加える必要もない程にそれ自体で既に明瞭であり、かつ、本願明細書の発明の詳細な説明の欄中第2図及び第3図に関する記載によつて充分な支持がなされているものであるから、被告の右主張は誤りである。
(二) 取消事由第二点(相違点についての認定判断の誤り)
審決は、その認定に係る第一引用例の装置と本願発明との相違点についての判断において、特許第一三八六八五号明細書(以下「参考例」という。)を引用することにより、第二引用例の装置に設けられた音響伝達室について、それは第一、第二のマイクロホンが拡声器に対して同一の条件の場所に配置される場合には不必要なものであることは当業者にとつて明らかであるとしたが、それは誤りであり、ひいては、それを根拠とする第二引用例の開示事項の認定も誤りである。
まず、参考例の発明は「放声装置の改良」に関するもので、電気音響変換器である「送話器」すなわち「マイクロホン」と、同じく「高声受話器」すなわち「拡声器」との間に生じる帰還を消去することを目的とし、この目的を達成するための一手段として、前記高声受話器の発する音場にある、例えば二つの送話器をその極性を相反するように接続して、前記の帰還の消去ないし抑圧を、いわば電気的に行うものであつて、これは、本願発明のような「二路通信系」における電気音響変換器を対象とするのではなく、単なる一系の放声装置における電気音響変換器をその対象としているにすぎないものである。
次に、参考例の記載中には、第二引用例における「音響伝達室」については何も述べられておらず、また、特にこの音響伝達室を不必要にするという積極的な考えをうかがわせるような記載をそこに見いだすこともできない。
更に、参考例では、「送話器」と「高声受話器」の位置関係はその第一図や第二図などをもつて示されているが、「送話器」の振動膜及び「高声受話器」のそれの相対的位置関係については何らの記載もない。しかも、参考例において消去されるべき対象とされている帰還現象は、その記載に照らして明らかなように(甲第五号証、例えは、第一頁下欄第七行ないし第二頁上欄第一八行)、送話器と高声受話器とが比較的遠距離に設置されてある場合におけるそれである。したがつて、拡声器(スピーカ12)とマイクロホンが比較的に近接して設置されている第二引用例に対して、この参考例に開示の技術内容を関連づけることには、たといその試みが想念的なものであろうとも、いささかならず無理があろうというものである。
右の諸点から明らかなように、第二引用例記載の技術と参考例のそれとは技術的に格別の脈絡もないものであるのに、審決は、両者を関連づけることにより、第二引用例の記載を離れて、第二引用例には、二つのマイクロホンを設けこれら各マイクロホンを拡声器の振動膜から等しい距離に配置して拡声器からの音波に応答して得られた各マイクロホンの電気信号を逆位相に接続してそれらマイクロホンの共通出力が実質的に零になるようにしたマイクロホン出力回路を備えた二路通信系用電気音響変換装置に関する技術思想が開示されている旨速断したのであるから、その不当であることは論をまたない。
以上に加うるに、第一引用例の装置は音響的な打消しによつて帰還を防止するのに対して、第二引用例の装置は電気的な打消しによつてそれを行なうものであつて、それぞれの立脚する基本原理は全く異なるのであるから、審決認定の相違点が第一引用例の記載事項に第二引用例の記載事項を単に適用することにより容易に想到できるものでないことは明らかである。
被告は、第二引用例の開示事項につき審決の認定に誤りはない旨主張し、その根拠として、第二引用例第二頁左欄第六ないし第九行の記載を指摘する。しかし、被告指摘の記載は、そのような型式のものと音響伝達室を用いたものとでは「異なる」旨を述べたものであるから、被告主張のようにはにわかに断定できない。のみならず、第二引用例の装置では、拡声器の振動膜の移動軸とマイクロホンの振動膜の間における「実質的に平行」という条件について、何の配慮もされていないのであるから、被告の主張は理由がない。
第三 請求の原因に対する被告の認否及び主張
一 請求の原因一ないし三の各事実は認める。
二 審決が取り消されるべきであるとする同四の主張は争う。審決には、これを取り消すべき違法の点はない。
三 原告主張の審決取消事由は、後記のとおり、いずれも失当である。
(一) 取消事由第一点に対して。
本願発明の構成要件における「直接かつ単一の音響通路」とは、本願明細書第一頁第一九行ないし第二頁第三行の「拡声器とマイクロホンとの間の帰還は3つの方法により伝ぱんされる。すなわち、直接放射による伝ぱん、拡声器および(または)マイクロホンを包むケースの内面からの反射による伝ぱん、そしてケースの壁を通して伝わる伝ぱんがある。」という記載等およぴ第2、第3図の実施例における「2つのマイクロホン」が別々の位置に配置されている事実に徴して、拡声器とマイクロホンとの間に何らの介在物も存在しない音響通路と解するほかはない。
しかるところ、第一引用例の第6図における電話機筐体中の構成部品は、明細書及び図面の全趣旨からみて、スピーカ、ハイブリツド回路、マイクロホン増幅器、スピーカ増幅器、マイクロホン、ダイヤル、制御機構及びそれらの間の配線のみである。そして、ハイブリツド回路は、マイクロホン増幅器、スピーカ増幅器と同一平面上に配設されるものと考えられる。してみれば、スピーカの背部からマイクロホンの設置位置に至る筐体内の空間は、空隙に満ちていて、何らの介在物も存在しないことは明らかである。
また、第一引用例の第6図の拡声器(スピーカ)とマイクロホンとの配置関係が本願発明の第2図の実施例における拡声器(230)と左側のマイクロホン(232a)との配置関係と全く同一であることも明らかであるから、第一引用例においても、拡声器からマイクロホンの振動膜の両面に「直接かつ単一の音響通路」を経て音波が伝ぱんされることは明らかである。
要するに、第一引用例においては、主たる伝ぱんは直接放射による伝ぱんなのであつて、「迂回的な二系統の音響通路」等による伝ぱんは従たる伝ぱんにすぎないのである。(なお、付言するに、第一引用例の筐体の前面壁に設けられている孔は、第一義的には送話者の音をマイクロホンに伝達するためのものであり、底面壁の孔は、スピーカからの音を受話者に伝達するためのものであつて、これらの孔は、スピーカから筐体外へ出た音をマイクロホンへ帰還させることを目的として設けたものではないのである。)
他方、本願明細書の第2、第3図の実施例においては、「直接放射による伝ぱん」(主伝ぱん)の他に、「マイクロホンを包むケースの内面からの反射による伝ぱん、そしてケースの壁を通して伝わる伝ぱん」、更には、回折による伝ぱんが存在する。そして、第一引用例において従たる伝ぱんが存在する事情は、本願発明における右第2、第3図の実施例と同断であるから、本願発明にいう「直接かつ単一の音響通路」は、第一引用例記載のものにおける音響通路をも包含しているものといわなければならない。
したがつて、審決における認定、判断に誤りはなく、原告の主張は失当である。
(二) 取消事由第二点に対して。
第二引用例の装置において、拡声器1からの音波に基づくマイクロホン2と同5の電気出力は、各マイクロホンを拡声器1の振動膜から等しい条件の場所に配置した場合には、音響管4がなければ等しくなることが自明であるから、その基本原理は、音響管4とマイクロホン5とを、拡声器1からマイクロホン2への距離と等しい距離に配置した独立のマイクロホンで置換することによつて把握しうることが明らかである。
このことは、第二引用例の第二頁左欄第六ないし第九行の、第二引用例の発明と基本原理を一つにする類似例に関する、「マイクロホン2個をスピーカの両側でスピーカから等間隔の位置におき、スピーカからの廻わり込み音による両マイクロホンの出力を互いに打消すよう接続した形式」という記載を図解考察することによつても、たやすく理解することができる。
したがつて、審決がした第二引用例の開示事項の認定に誤りはない。
原告は、第二引用例の技術と参考例のそれとは何の脈絡もないから、両者を関連づけて第二引用例の開示事項を認定するのは不当である旨主張する。しかし、審決は、第二引用例自体に記載された技術思想を認定して引用したものであること前記のとおりである。審決が参考例を引用したのは、二個のマイクロホンが拡声器に対して同一の条件の場所に配置されて音響伝達室(音響管)が不要な場合における、拡声器とマイクロホンとの配置関係を図面によつて例示するためにすぎないのであつて、かような目的に関する限り、参考例が一系の放声装置に関するものであることは、何の妨げにもなるものでない。
もつとも、第二引用例の実用新案登録請求の範囲に記載された考案がその第二頁左欄記載の前掲類似例と異なることは、原告主張のとおりである。しかしながら、その相違点とは、後者が「通話姿態に拘束を与えている点を」「巧みに解消して実用性を高め」るために(第二引用例第二頁左欄第一六ないし第一七行)、一方のマイクロホンを音響管とマイクロホンの組合わせで置換し、かつ、「スピーカさの音に対する両マイクロホン2、5の出力端までの総合レスポンス特性を相似に、かつスピーカさの音が両マイクロホン2、5に到達する音響遅延時間を同等にし」た(同第一頁左欄下から第四ないし末行)点にほかならない。してみれば、第二引用例記載の技術的思想のうちに前掲類似例の型式が包含されていることは、当業者にとつて明らかである。
第四 証拠関係
訴訟記録中の証拠目録欄記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
一 原告主張の請求の原因一ないし三の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決取消事由の存否について検討する。
(一) 原告主張の取消事由第一点について。
まず、本願発明の要旨にいう「直接かつ単一の音響通路」の技術的内容を考究するに、成立に争いのない甲第二号証によれば、本願明細書第一頁第一九行ないし第二頁第三行には、「拡声器とマイクロホンとの間の帰還は三つの方法により伝播される。すなわち、直接放射による伝播、拡声器及び(又は)マイクロホンを包むケースの内面からの反射による伝播、そしてケースの壁を通して伝わる伝播がある。」と記載されているが、他に音波の伝ぱんについての具体的記載はなく、実施例についても、拡声器からマイクロホンへの音波の伝ぱん径路に関しては何の説明もなく、特に、第1図及び第2図の実施例については、右径路に大きな影響を与える要素であるハウジング(ケース)の形状構造すらほとんど説明されていないことが認められる。もつとも、ハウジング壁の断面構造は第7図によつて説明されていることが認められるけれども、右構造によつては、ハウジング壁を伝わる径路が除去されるにすぎないことが明らかである。
ところで、一般的に、ハウジング内では多数の反射が生じるものであり、また、拡声器と少くとも一方のマイクロホンとはハウジング外部の空間に通じていなければならないところ、ハウジング外部においては、環境に従つて機器の構造とは無関係に音の反射や回折によつて種々異なる径路が生じうるものであることは当然である。
そうであれば、本願発明の要旨にいう「直接かつ単一の音響通路」とは、主たる伝ぱん経路についていうものであつて、他に二次的伝ぱん経路が存在することを否定するものではないと解するのが相当であり、そして、その「直接」とは、明細書の前掲記載に照らして、ハウジング内面からの反射を含む径路とハウジング壁を通して伝わる径路とを除外する趣旨のものと解するのが相当である。
被告は、本願明細書の前掲記載並びに第2図及び第3図の実施例において二個のマイクロホンが別々の位置に配置されている事実を根拠に、「直接かつ単一の」の記載を、全体として、「拡声器とマイクロホンとの間に何らの介在物も存在しない」という意味に解すべきである旨主張する。しかし、本願明細書の前掲記載は径路の個数について何も示唆するところがない。そして、本願明細書の特許請求の範囲における「各マイクロホンの振動膜に直接かつ単一の音響通路を経て伝ぱんされ」との記載によれば、各マイクロホンの振動膜へのそれぞれの伝ぱん径路を、個別に問題にしていることが明らかである。したがつて、被告主張のように「単一の」という要件を捨象するのは相当でない。
次に、第一引用例について検討するに、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例第3図の実施例においては、筐体の本体とマイクロホン収容用突出部との間が壁で遮られているのに対して、第6図の実施例においては、そのような壁が存在せず、そして、マイクロホンの直下(マイクロホンの振動膜の側面方向)にスピーカが設けられるとともに、第3図に照らして増幅器等の部品を示すと推認しうる矩形がスピーカの脇の位置に置かれ、スピーカ背部とマイクロホンの間の領域は空白となつていること、第5図の実施例において、スピーカは、マイクロホンの側面方向で、その発する音波がマイクロホンの振動膜の前面と後面とにそれぞれ直接かつ単一の音響通路を通つて到来する位置に配置されていること、第6図の実施例は第5図のそれとほぼ同じ効果をもたせることができるものであること(第一頁右欄第二三ないし第二四行)、マイクロホンは、いわゆる差動型であつて、前面板とフレーム後面とに適当にあけた孔によつて振動板の前面と後面が共に空間に通じており、かつ、振動板の前面と後面の音響的構造を等しくすることによつて、前後面方向に最大感度があり、側面方向に最小感度がある、いわゆる8の字指向特性をもたせたものであること(第一頁右欄第四ないし第一〇行)、が認められ、これらの事実によれば、第一引用例第6図の装置において、スピーカからの音波は、主たる径路として、筐体内部を、スピーカ背部からマイクロホンの振動板の前面と後面とに、それぞれ直接かつ単一の音響通路を経て伝ぱんされるものと認めるのが相当である。
そうすると、原告が、第一引用例の装置はマイクロホンの振動膜に対して、その両面から、それぞれ相反する方向からの二つの音響通路を経て伝ぱんされた拡声器からの音波を作用させるものである旨主張するのは、その限りにおいて理由がある。しかしながら、右二つの音響通路は筐体外の迂回通路でありスピーカの背部からマイクロホン設置位置に至る筐体内の空間は全く利用されていない旨の原告の主張は、前示認定に照らして採用できない。原告主張の音響通路が存在すること自体は、第一引用例第6図に示された構造、特にマイクロホン収容用突出部の前面と後面の双方に開孔部を有する点に照らして、肯認することができるけれども、前認定の直接的な筐体内の通路と径路の形態、距離等を比較すれば、原告主張の音響通路は、少くとも、主たるものということはできない。
原告は、また、第一引用例において、発明の目的が音響回り込みに基因する鳴音の防止にあること、主たる伝ぱんがスピーカ背面からマイクロホンに至るケース内の経路による旨の記載も、右経路にあたる部分が空隙に満ちている旨の記載もないこと、第一頁右欄第一三ないし第一八行及び第二三ないし第二四行の記載によれば、第2ないし第5図の実施例と第6図の実施例は鳴音防止作用の具現のための基本原理を同じくすること、両実施例は特許請求の範囲記載の構成要件をすべて具備すると解すべきこと、を挙げて、それゆえ第一引用例第6図において、直接の音響通路が主で迂回的な二系統の通路は従たるものにすぎないということはできない旨主張する。
しかし、原告が列挙する点は、いずれも前紀認定と矛盾するものではなく、したがつてこれを妨げるものでは左いから、原告の右主張は採用できない。
以上によれば、第一引用例の装置における拡声器(スピーカ)からマイクロホンへの音波の伝ぱんについて、審決が単に「マイクロホンの振動膜に直接かつ単一の音響通路を経て伝ぱんされる」と認定したのは、その振動膜の肘面と後面とを個別に考察するのを怠つた点においては厳密にいえば誤りといえ左いわけではない。しかしながら、その余の点については、右認定に誤りがあるということはできず、振動膜の前後任意の一面に着目すれば、右認定のとおりとして差支えがない。したがつて、マイクロホンの個数と相殺出力を得る方法とについての相違を別にして、各音波受信面への音響通路の性質と個数とについて比較する限りにおいては、右誤認は結論に影響しないものである。現に、審決は、本願発明と第一引用例の装置の相違点として、前者が二つのマイクロホンを用い、これら各マイクロホンをその振動膜が拡声器の振動膜から等しい距離に位置するように配置して、拡声器からの音波が各マイクロホンの振動膜に実質的に等しい大きさで到達するようにし、各マイクロホンの電気信号出力を逆位相に接続して両マイクロホンの共通出力が実質的に零になるようにしたマイクロホン出力回路を備えている点を、明確に認定しているのであり、前記誤認がなかつたとしても、本願発明と第一引用例の装置の相違点は、右の点以上のものではない。
そうすると、審決は、結局、本願発明と第一引用例の装置の相違点を看過しなかつたものであるから、審決がこれを看過したというに帰着する原告主張の取消事由第一点は、理由がない。
(二) 同取消事由第二点について。
成立に争いのない甲第四号記によれば、第二引用例には、審決がそこに具体的に記載されていると認定したとおりの二路通信系用電気音響変換装置が記載されていると認めることができる(この点については原告も明らかには争わない。)。右装置において、音響伝達室は、拡声器から両マイクロホンまでの音響経路の総合レスポンス特性が相似となり、かつ、右経路の音響伝ぱん時間が同等になるように設計されるものであることが、その構成自体から明らかである。したがつて、右二条件が他の方法によつて満たされれば、音の廻り込みに基因する鳴音(ハウリング)の防止に関する限り、音響伝達室が不要になることはみやすい道理である。
ところで、同号証によれば、第二引用例には、更に、「本考案に一見類似した例のマイクロホン二個をスピーカの両側でスピーカから等間隔の位置におき、スピーカからの廻り込み音による両マイクロホンの出力を互に打消すように接続した形式とも異なる。この場合……通話者は一方のマイクロホンに近づき、他のマイクロホンから遠ざかるか他のマイクロホンに発声音が侵入することを防ぐ必要がある。このように通話姿態に拘束を与えている点を本考案では巧みに解消して実用性を高めている」という記載(第二頁左欄第六ないし第一七行)のあることが認められる。右記載は、二個のマイクロホンを拡声器から等距離に配置した場合に、前記のような音響伝達室がなくても、両マイクロホンの出力を互に打消すように接続することによつて、実用上の優劣を別にすれば、廻り込みに基因する鳴音が防止できる旨を教示していることが明らかである。
そうであれば、二個のマイクロホンを拡声器の振動膜から等しい距離に配置し、拡声器からの音波に応答して得られた各マイクロホンからの電気信号を逆位相に接続してそれらマイクロホンの共通出力が実質的に零になるようにマイクロホン出力回路を構成することによつて、二路通信系用電気音響変換装置における廻り込み現象に基因する鳴音が防止できることは、当業者であれば前記両記載から容易に理解することができたというべきである。
したがつて、審決が第二引用例に開示されている技術思想として認定した事項に誤りはない。
原告は、第二引用例の前掲記載において、「本考案に一見類似した例の……形式」は音響伝達室を用いたものと異なるものであると述べられているのであり、また、第二引用例の装置では、拡声器の振動膜の移動軸とマイクロホンの振動膜との間における「実質的に平行」という条件について何の考慮もされてい左いのであるから、第二引用例に開示された技術思想を審決のように断定することはできない旨主張するが、主題とする考案とは異なるからといつて、現に記載されている事項についての考察検討が妨げられるものではなく、特に、第二引用例の場合、問題の「方式」は、主題である考案との対比において説明されているのであるから、これについて考察検討するのは、主題とする考案の理解のためにもむしろ不可欠というべきであり、また、拡声器の振動膜の移動軸とマイクロホンの振動膜の方向は、審決が第二引用例についてした認定と何の関係もないものであるから、右主張は採用できない。
原告は、また、参考例の技術と第二引用例の技術とは互に何の脈絡もないから、審決が参考例を根拠に第二引用例に開示された技術思想を認定したのは不当である旨主張するが、前記のように、審決が第二引用例に開示されているとする技術思想は、参考例とは無関係に認定しうるものであり、審決の文言自体も、参考例を不可欠の資料とする趣旨でないことは明らかであるから、右主張も理由がない。
原告は、更に、第一引用例の装置と第二引用例の装置はそれぞれの立脚する基本原理を全く異にするものであるから、審決認定の相違点は第一引用例の技術に第二引用例のそれを単に適用することにより容易に想到できるものではない旨主張する。
しかし、前記甲第三号証により、第一引用例第1図についての説明を考慮しつつ両引用例の記載を検討すれば、鳴音防止の原理的手段は音響経路と電気回路とからなるループをどこかで断つ点にあり、音響的打消しも電気的打消しも右原理的手段の具体化の一態様にすぎないことが、当業者には充分理解されていたと推認することができる。したがつて、原告の右主張は採用できない。
右のとおりであるから、原告が主張する取消事由第二点も理由がない。
したがつて、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、審決には、これを取り消すべき違法の点を見いだすことはできない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石澤健 裁判官 楠賢二 裁判官 岩垂正起)
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>